長崎で最も有名なダイブサイト!
おおびき島
ここに潜り続けて、半世紀近く
(昭和の時代の写真)
この当時のボートの名前は「潜友丸』でした。笑
昭和53年(1978年)
これ以前は軍艦島の隣に浮かぶ『中之島』で潜っていました。
ドラマ『海に眠るダイヤモンド』で有名になったのでご存知の方もいるかもしれませんが、
『中之島』は軍艦島で亡くなった方を荼毘にふすための施設があった為に、無人島でしたが船着場がありました。
そこに接岸してダイビングしてたのですが、台風の被害で船着場が破壊されてしまったので。。。
池島炭鉱の沖にある『おおびき島』へHOMEを変更して、現在に至ります。
ちなみに、私の初ダイブの場所は『中之島』です。
おおびき島の高台には、海底の炭鉱へ空気を送るための送風孔があります。
池島炭鉱は2001年に閉山されましたが、私たちが毎週通い始めて20年近くは炭鉱は稼働していました。
今では高台に続く道は跡形も無くなりましたが、炭鉱が稼働している時は車が通る道がありました。
定期的にメンテナンスの為に炭鉱のスタッフが、私たちがダイビングしてる時も来てたり、
当時は池島にも沢山の島民が居たので、春先はツワ採りに来たり、魚釣りにや子供連れで遊びに来てたりしてたな。(懐かしい)
(初代バイキングスター)
今は船着場の電灯無くなりましたが、おおびき島には電気も来てるので夜は船着場に灯がついてました。
当時の船着場付近の水中。
フイルムカメラの時代!
このゴロタ石の付近は36年前は全くサンゴなどはありませんが、今では珊瑚が群生してます。
海の中の景色は30,40年経つと、恐ろしく変化するもんです。
今度、暇があれば同じ場所で比較してみます。
この数年は大きな台風の上陸がないので、船着場の破壊は進んでいません。
微力ではありますが、毎年、少しずつ壊れた船着場の修復を行ってますが、台風が直撃するといつ消滅してもおかしくないので台風が長崎に近づくたびに祈ってます!
炭鉱がある時は、松島工業が直ぐに修復してくれましたが、、、(池島炭坑の系列 松島建設工業)
池島炭坑が管理する船着場でダイビングが出来たのは。。。
今でこそ漁師さんが減ってきてますが、40年前は今と比較できない程の漁師さん、漁船が沖に出てました。
そんな中でダイビングしようものなら、必ず修羅場が訪れる時代でした。(笑)
そのような時代に、先代は様々な努力や工夫で安心して快適に潜れる環境を手に入れました。
おおびき島でダイビングを始めて、今年で47年目
半世紀の50年に向けて何かイベント企画出来たら楽しそう!!
久しぶりに古い写真見てたら、若かりし日の私の写真も。。。
当時、来て頂いてたお客様の写真もたくさん出てきて
懐かしかった〜
で、昔のお客様だけど皆さんのお名前はフルネーム出てくる!
はい、そうなんです。
昔の事はよく覚えてるのですが、最近の事はすぐ忘れるし、俳優さんの名前とか顔は思い出せても名前がなかなか出て来ない。
もう、歳です。泣